home食品衛生コラム食品と微生物とビタミン愛第118話 食品安全と未然防止、拡大防止、再発防止

第118話 食品安全と未然防止、拡大防止、再発防止

2024.01.01

日本食品分析センター学術顧問・北海道大学名誉教授 一色賢司

一色 賢司先生の略歴

http://researchmap.jp/isshiki-kenji/

明けまして、おめでとうございます。

昨年2023年5月に新型コロナ感染症の分類が5類に変更されました。それ以後、減少していいた食中毒や食品苦情が増加しています。国境を超える人間や物資の動きも増加しています。ウクライナやイスラエルでの戦争も早く終息して欲しいものですが、長期化し、世界の食料供給も不安が大きくなっています。

食中毒や食品苦情も、「発生後の後始末」よりも「未然防止、拡大防止、再発防止」が大切です。昨年後半に発生した事例を「他山の石」として、新しい年の食品安全に貢献しましょう。

1) ボツリヌス症の拡大防止

 図2のように、昨年2023年夏にフランスでラグビーワールドカップが行われました。わが国は、残念ながら決勝トーナメントには、出場できませんでしたが、国内からも大きな声援が送られました。決勝戦では、12対11の僅差で南アフリカがニュージーランドを振り切ってワールドカップを獲得しました。ワインで有名なボルドーも、開催地の1つでした(図2)。

2023年9月12日、ボルドー地方の公衆衛生当局は、死亡例1例を含むボツリヌス症疑い例を察知しました。死亡者は、ボルドーからギリシャに帰国した女性でした。フランスは、9月14日にボツリヌス症疑い症例15例(うち死亡1例)をWHOに通知しています。

10例が入院し、うち8例が集中治療室に入院していました。図3のように、フランス国籍ではないレストランの訪問者も多数いました。疫学調査の結果、感染源は、9月4日から10日までの1週間に、ボルドーの同じレストランで食べたイワシの缶詰と判明しました。 この缶詰はレストランで作られ、給仕されたものです。

 潜伏期間が最長8日間と長く、ラグビーワールドカップ期間中であることから、外国人観光客も帰国後にボツリヌス症を発症する可能性がありました。

ボツリヌス症は、死に至る可能性のある疾患です。ボツリヌス症は、強力な神経毒素(ボツリヌス毒素)の摂取によって引き起こされます。わが国では、ニシンのイズシなどでボツリヌスE型菌による食中毒が起こっていました。衛生思想の普及により少なくなりました。その一方、1984年には熊本空港の開港に伴い、真空包装された辛子レンコンを原因食品とするボツリヌスA型食中毒が発生し、全国広域に死者9名もの食中毒が起きています。ボツリヌスA型菌の由来は不明のままです。

 ボツリヌス症の発生防止、患者への効果的な治療のために迅速な処置が必要です。ボツリヌス抗毒素の迅速な投与、集中的な呼吸管理が必要です。フランス保健当局は、関係する全製品を回収しました。リスクコミュニケーションを開始し、アドバイスを発表しました。

外国から報告された症例に関する情報は、当該国の保健当局と共有されました。 現地の調査では、クレジットカードのレシートから、感染源疑いとなる食品を摂取した可能性の高い25人が特定されました。ボツリヌス菌の潜伏期間が8日間と長いこと、レストランを利用したすべての客が特定されていない可能性がありました。ラグビーワールドカップの観戦に世界中から集まって来られた方の対応が問題となりました。

 緊急対応への協力依頼が、クレジットカード会社に行われました。クレジット会社を通じて、該当者にボツリヌス症発症の可能性が伝達され、抗毒素の投与が行われました。

ボルドーのレストランでイワシの缶詰を食べ、ギリシャに帰国された女性を助けることはできませんでしたが、ボツリヌス症の拡大を防止できたのは、不幸中の幸いであったと思われます。

2)不適食品の回収、廃棄、情報提供

 食品安全上の問題を検知した場合、消費者の健康への悪影響を未然に防止するために、当該食品を迅速かつ的確に回収しなければなりません。図5のように、2023年9月に発生した駅弁による広域食中毒では、29都道府県521人もの被害者を出してしまいました。

適切な情報伝達、製品回収が行われていれば、被害の拡大は防止できたと思われます(表1)。

11月には東京ビックサイトで出張販売されたマフィンで、品質不良や体調不良が発生しています。食品としての基本的な衛生管理に問題があり、情報伝達や製品回収も適切ではなかったようです。厚生労働省は、クラスⅠの製品回収を命じています。

同じく11月には、表2のように小麦とその加工品の回収も行われています。岩手県産の小麦から基準値を超える赤カビ毒素デオキシニバレノールが検出され、回収されています。当該小麦が使われた学校給食を食べた複数の小学生が体調不良を訴えていますが、カビ毒との因果関係は不明のままです。

 消費者が製品情報を認識し、理解し、選択することができるよう、表示などを通じて情報を提供することも必要です。これらに不備があることが検知された場合にも、製品回収などの速やかで適切な対応が必要です。行政への情報提供も義務付けられています。特に、食物アレルギーの情報の間違いは、死に至る恐れもあり、迅速かつ適切な対応が求められます。

 2021年から、食品の自主回収(リコール)を行った際にも行政に届出を行うことが義務化されました。万一の事故等に対応する、責任・連絡体制を整備し、回収方法、都道府県知事等への報告の手順を確立しておくことが必要です。回収された製品は、その他の製品等と明確に区別して保管し、適切に廃棄その他の適切な措置が必要です。これらの機能を平常時に試行し、訓練しておくことも必要です。

 正月早々ですが、「火事には、消火訓練」「災害には、避難訓練」のように、非常事態に対応する準備にも着手されてはいかがでしょうか。

参考文献

1)WHO: Botulism – France Disease Outbreak News 20 September 2023

https://www.who.int/emergencies/disease-outbreak-news/item/2023-DON489

2) L. Meurice, et al: Foodborne botulism outbreak involving different nationalities during the Rugby World Cup: critical role of credit card data and rapid international cooperation, France, September 2023,

Euro Surveill. 2023;28(47), https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2023.28.47.2300624

3)厚生労働省:自主回収報告制度(リコール)に関する情報、

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/kigu/index_00011.html